大判例

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大阪高等裁判所 昭和60年(行コ)12号 判決 1986年7月24日

控訴人

菅原正雄

右訴訟代理人弁護士

高田良爾

右訴訟復代理人弁護士

佐藤克昭

被控訴人

上京税務署長内田勝康

右指定代理人

中本敏嗣外五名

主文

一、本件控訴を棄却する。

二、控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、控訴人

「一、原判決を取消す。二、被控訴人が控訴人に対し、昭和五六年三月九日付でなした、控訴人の昭和五二年分の所得税の総所得金額を三〇二万一、三二九円、昭和五三年分の所得税の総所得金額を二三八万三、九二四円及び昭和五四年分の所得税の総所得金額を一八五万一、六七三円と更正した所得税更正決定のうち、昭和五二年分の総所得金額が一二四万〇、九六〇円、昭和五三年分の総所得金額が一二三万八、〇〇〇円、昭和五四年分の総所得金額が一一四万九、九五三円を超える部分、並びに過少申告加算税賦課決定をいずれも取消す。三、訴訟費用は一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決。

二、被控訴人

主文同旨の判決。

第二、当事者の主張

一、原判決の引用

当事者の主張は以下のとおり附加、訂正するほか原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。

原判決八枚目裏六行目及び同一〇枚目表一行目の「基」を「基礎」と訂正する。

二、控訴人の当審附加主張

(一)  被控訴人は原審において昭和五二年分の売上原価を六三八万九、二六八円と実額主張したのに対し控訴人は右主張を認めたので、被控訴人は右売上原価につき自白が成立する。

被控訴人は当審において右売上原価を七五三万九、二六八円と訂正して主張するが、これは自白の撤回に当るところ、控訴人はこの自白の撤回に異議がある。

(二)  原判決は右自白の拘束力を看過し独自の判断で前示売上原価を七五三万九、二六八円と認定したのは違法である。

(三)  原判決は昭和五四年分の売上原価率を適用して昭和五二年分の売上金額を算出しているが、昭和五二年分については次のとおり営業規模が異なるから、単純に昭和五四年分の売上原価率を適用するのは誤りである。

(四)  控訴人は昭和五〇年一〇月頃から人形小売業を経営し、昭和五二年一月頃に京都店以外に一店舗を滋賀県栗東町に開店した(但し、赤字のため同年四月頃閉店)。そのため昭和五二年には昭和五三、五四年と比較して多額の宣伝広告費を出費している。

原判決は昭和五四年分の広告宣伝費の平均率を昭和五二年分に単純に適用しているのは右事実に照らし明らかに誤りである。

(五)  控訴人は昭和五二、五三年分について従業員を雇傭し雇人費を支払つている。ところが原判決は昭和五二、五三年分の雇人費を零であると誤まつた認定をしている。

(六)  原判決は昭和五二年分のその他の一般経費を一一四万三、四一九円と認定しているが、これは一三四万九、二二二円が正しい金額である。

三、被控訴人の当審附加主張

(一)  控訴人の当審附加主張二(一)(二)を争う。

1 原判決が昭和五二年分の売上原価を七五三万九、二六八円と認定しているのは被控訴人の予備的主張に関するものであるが、この予備的主張においては被控訴人は当初から右金額を主張していたところ、控訴人はこれを否認しており、当事者間に争いのある事実となつているのであつて、もともと自白の成立はない。

2 被控訴人は主位的主張に関し昭和五二年分の売上原価を六三八万九、二六八円と主張したが、これは真実に反するのでこれを訂正し七五三万九、二六八円と主張する。

したがつて、被控訴人が主位的主張として主張する本件係争各年分の事業所得金額及び各科目の金額に関する原判決添付別紙2を本判決末尾添付の別表のとおりに改める。

なお、右主張の訂正は自白の撤回に当らない。けだし、裁判上の自白は証明責任を負う者の主要事実につき相手方がこれを認める旨の陳述をいうから、本件の右売上原価は課税庁たる被控訴人に立証責任がある事項であり、被控訴人が前示のとおりその主張を訂正しても自白ないし自白の撤回が問題とならない。

(二)  控訴人の前示二(三)の主張を争う。

(三)  同二(四)の主張を争う。

控訴人は昭和五二年分の広告宣伝費を昭和五三、五四年と比較して多額であるというのみで具体的主張、立証がないから、これを昭和五三、五四年分の平均額により昭和五二年分を推計した原判決は正当である。

(四)  同二(五)の主張を争う。

昭和五二、五三年分の雇人費の支出は認められず、これを零と認定した原判決は正当である。

なお、昭和五四年分の雇人費を原判決は一万円と認定しているがこれを裏付ける甲第七号証の一の記載「アルバイト中野一〇〇〇〇」は信用できないので雇人費は零である。

(五)  同二(六)の主張を認める。

昭和五二年分の「その他の一般経費」は「一三四万九、二二二円」であることは控訴人ら主張のとおりであるが、原判決が昭和五二年分の売上金額を「一、二一七万六、九九二円」としているのは原判決認定の売上原価七五三万九、二六八円及び原判決添付別紙七の売上金額①からみて単純な記載ミスを犯しており、正しくは「一、四三六万八、七二一円」であり、これを基礎とすれば同年分の前示経費は「一三四万九、二二二円」となる(1,436万8,721円×0.0939=134万9,222円)。

第三、証拠<省略>

理由

一、当裁判所も原判決と同様、控訴人の請求を棄却すべきものと判断する。その理由は以下のとおり附加、訂正するほか原判決理由説示のとおりであるからこれを引用する。

原判決一三枚目表七行目を「主張するにあるから、」を「主張する攻撃防禦方法の一であるから、このうち明確で具体的であると思われる」と訂正し、同八行目の「そして、…」から同九行目の「…有利である。」までを削除し、同裏一行目の「基」を「基礎」と訂正する。

同一四枚目裏二、三行目の「開差」をいずれも「差異」と訂正する。

同一八枚目表二行目の「一二一七万六九九二円」を「一、四三六万八、七二一円」と訂正し、同三行目の「算出する」の次に「(753万9,268円÷0.5247=1,436万8,721円)」を加入し、同八行目の「一一四万三四一九円」を「一三四万九、二二二円」と訂正する。

同末行目の次に「(六)雇人費 一五万四、〇〇〇円」を加入し、同裏三行目の「三七八万〇六八一円」を「三六二万六、六八一円」と、同六行目の「上廻る」を「上回る」と訂正する。

同二六枚目表別紙7の九行目「雇入費⑥−−一〇、〇〇〇」とあるのを「雇入費⑥一五四、〇〇〇−一〇、〇〇〇」と、同一〇行目の「二、六四八、七七二円」を「二、八〇二、七七二」と、同一二行目の「三、七八〇、六八一」を「三、六二六、六八一」と訂正する。

二、自白の成否等の検討

被控訴人がその主位的主張において昭和五二年分の売上原価を「六三八万九、二六八円」と主張していたことは(原判決五枚目表四行目)、記録上明らかであるが、控訴人がこれを認めたものとは認定できない。即ち、控訴人は第一回準備書面(原審第三回口頭弁論期日で陳述)において「売上原価中、仕入先は認める。各仕入金額は否認する。」と述べ(原審記録五八丁表)、被控訴人の右売上原価の主張が仕入金額から期末在庫を差引いて算出されていることが明らかであるから(同記録五二丁裏、五三丁表)、控訴人はむしろこれを争つていたというべきであるし、また控訴人の第二回準備書面(原審第三回口頭弁論期日で陳述)において「原告の収入金額は認める。」と述べているが(原審記録六五丁裏)、その原価である売上原価を認めた形跡はない。

しかも、被控訴人はその後予備的主張において右売上原価を七五三万九、二六八円と主張しており、控訴人がこれを否認していることが記録上明らかであるから、主位的主張、予備的主張を通じて各売上原価が六三八万九、二六八円であることについて自白の成立があるとはいえず、これを認めるに足る的確な証拠がない。

また、そもそも裁判上の自白は訴訟の口頭弁論または準備手続において相手方の主張事実と一致する自己に不利な事実の陳述であり、この「自己に不利な陳述」とは相手方が証明責任を負う事実を肯認する陳述であつて、自己が証明責任を負う事実を自ら否定する陳述を含むものではない。したがつて、本件行政訴訟において売上原価などを含む本件課税処分の適法であることについて行政庁である被控訴人にその主張立証責任があるから、自白の拘束力を受けその反対主張が許されなくなるのは証明責任を負わない控訴人であつて、証明責任を負う被控訴人は自白の拘束力の外にありその制約を受けずに自らの主張を撤回して新主張をなすことができるものというべきである。

とすれば、被控訴人が当初主位的主張において控訴人の昭和五二年分の売上原価を六三八万九、二六八円と陳述したのち、これを予備的主張ないし当審での主位的主張において七五三万九、二六八円に改めることは自白の撤回に当らないのでその要件を問うまでもなく相当なものとして許容される。

したがつて、原判決が右売上原価を証拠により七五三万九、二六八円と認定判断した点には控訴人主張のような違法なところはなく、控訴人の主張は採用できない。

三、昭和五二年分売上金額等の検討

(一)  売上金額について

控訴人は昭和五四年分の売上原価率を用いて昭和五二年分の売上金額を算出した原判決は、昭和五二年と昭和五四年とでは営業規模が異なるから誤りである旨主張するが、控訴人は昭和五二年分の事業所得金額の計算の根拠となる家計簿などの帳簿書類を提出しないので昭和五四年分の控訴人の事業所得金額を基礎として推計するほかないものである。ところで、当審証人尾崎明美の証言によると控訴人は京都店の他に昭和五二年一月から同年四月二〇日まで滋賀県栗東町に栗東人形店を開店したこと、同証人がアルバイトとして同年一月一〇日から同年四月二〇日まで勤務し時給三五〇円、一日五時間半勤務、日、祝日欠勤、月〜土曜日まで勤務して右期間中約八〇日稼働し、計一五万四、〇〇〇円(350×5.5×80=15,4000円)のアルバイト料の支払を受けたこと、栗東店ではチラシを配布したり、トタンの看板、木枠布張の看板などを立てていたがその広告宣伝費の多寡は不明であることなどが認められ、他にこの認定を覆すに足る証拠がない。

右認定事実によると昭和五二年分と昭和五四年分の控訴人の営業活動には栗東店の開店の点に多少の差異があることが認められなくもないが、その程度は明確でなく些細なものでその間に売上原価率を変更しなければならない程度のものではないと認められるから原判決の行なつた右昭和五二年の売上金額の推計に控訴人主張のような違法があるとはいえない。

(二)  宣伝広告費について

控訴人は栗東店開店に伴ない昭和五二年は昭和五三、五四年と比較して多額の宣伝広告費を出費している旨主張しているがその具体的数値についての主張、立証がないし、前認定の栗東店における広告宣伝の規模状況に照らし、昭和五三、五四年分の広告宣伝費の平均額により昭和五二年分を推計したことにこれを著しく不合理とするほどの差異があるとは認められない。したがつて、控訴人の主張は採用できない。

(三)  昭和五二、五三年分の雇人費について

前示(一)認定の事実に照らすと、控訴人は昭和五二年分として雇人費一五万四、〇〇〇円を支出していることが認められ、他にこれを動かすに足る証拠がないから、同年の雇人費を右金額であると認めるべきである。

(四)  昭和五二年分のその他の一般経費は一三四万九、二二二円と推計すべきであつて、原判決一八枚目表八行目の一一四万三、四一九円は誤算によるものであるから、前示一においてその旨訂正して原判決を引用している。

(五)  以上のような点で原判決を修正しても、結局当裁判所認定の昭和五二年分の控訴人の事業所得金額は前示により訂正後の原判決添付別紙7のとおり三六二万六、六八一円であるから、本件処分の額二六四万〇、七三三円を上回るのであつて被控訴人の本件課税処分は適法であつて、これが控訴人の事業所得を過大に認定した違法がない。

四、結論

以上のとおり、被控訴人の本件処分は適法であつて、その違法を前提とする控訴人の本件請求はその余の判断をするまでもなく失当である。よつて、これを棄却した原判決は結論において相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用につき民訴法八九条、九五条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官廣木重喜 裁判官諸富吉嗣 裁判官吉川義春)

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